雪花の日記です
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「秀一? 14日は予定が入ってる?」
「14? …日曜?」
それが世間で言う“母の日”であることは事前に心得済みだった。
普段表立って言うことのない感謝の言葉を口にする日。
行事というかたちで世界中がお膳立てしてくれないと、
人間なかなか素直になれないらしい。
ま、普段言わないからこそ思い入れもある一日になるだろう。
あなたのための日だからと、そこは口に出しては言わないが、
空いているよとオレは答えた。
「そう? じゃあ、久しぶりにお出かけしましょう? ふたりで」
「ふたりで?」
「嫌? そろそろ親について歩く年頃でもないのかしら…」
「や、そういうことじゃないけど。珍しいね?」
義父さんと義弟が一緒に暮らすようになり、今は家族四人。
血の繋がりもない人同士が家族としてひとつ屋根の下で暮らせるか、
母さんは実はそれをひどく気にかけていて、家族四人一緒になにかを…
ということを大事にしていたのだ。
それが、義父さんと義弟抜きとは不意打ちだ。
「いいよ、たまには付き合うよ。久しぶりだね」
「そうね。楽しみだわ、秀一とデートなんて」
「母の日だからね、なにかお楽しみを用意しなくちゃいけないな」
「あら、そういうつもりで言ったんじゃないのよ。でも」
わかりやすくうきうきとした様子で、
母さんはカレンダーの第二日曜日にマルをつけた。
母さんが最後にでも、の続きを意味ありげに途切れさせたことが、
なんとなくオレの内心に引っかかりを残した。
14日、朝に強めの雨が降って外出はお流れかもしれないと思ったのが、
少し待つと嘘のようにからりと晴れて遠慮のない日差しが
濡れた道路をあっという間に乾かした。
外出の前に義弟がオレの部屋へこっそり忍び込んできて、
秀兄、夜の七時くらいまで時間稼いで、夕飯食わないで帰ってきてよ、
オレと父さんでカレーを作るから、と計画をうち明けてくれた。
父親の再婚で久しぶりに母の日ができるのが彼にとっては
嬉しいことだったらしい。
去年に引き続いて計画を練って、母さんをもてなしてくれるようだ。
わかった、うまくやるよと約束をして、オレと母さんとは家を出た。
どこか行きたいところがあるのと聞いたら、別にないのよと言われた。
ただふたりでのんびりしてみたかったのだろうか?
晴れた日曜日、さすがに街は混んでいた。
親子連れ、恋人同士、友人の集まり、いろいろ。
人で賑わう中に知った顔はなく、誰が見ているはずもないのに
母親と並んで歩く自分に視線が集まっているような錯覚を覚える。
ああ、これが、この年頃の照れというやつ…
他人事のようにそう考える。
頭の中じゃあ抵抗感はないのだけれど。
中身が妖怪として独立した思考や人格をかつて持っていたとしても、
この身体はやっぱり隣を歩く母親からもらったもので、
彼女の息子として反応する部分が新しく自分にあるのだろうと思った。
確かに、それはそれで悪くない。
新しい自分の発見だ。
人間も妖怪も、同じばかりじゃつまらない。
まるで恋人同士のように…と思ったのは、彼女とデートをするとき
のように母さんを連れ回してしまったせいだろうか。
カフェで話をしたり、あちこちを見て回ったり、
本屋でついつい時間を食って早く行きましょと袖を引っぱられたり、
日常のような非日常のような奇妙な感覚が交錯した数時間。
話す内容に家と外とで違いなどないような気がするが、
それでも新鮮な気持ちがするしお互いに驚くほど舌が回る。
それでいて話題の種が尽きない。不思議だ。
ほとんどそうやって時間ばかり過ぎていって、
特に買い物をしたりするようなこともなく、
義弟との約束の時間にちょうど良い暮れを迎えた。
適当に理由をつけて帰宅の方向へ意識を促していく。
義父と義弟は企みを内緒にしたいのだろうから、
家にサプライズがあるらしいことを母さんに悟らせてはいけない。
余計なことを喋りすぎないように、家のほうへ向かいつつ
オレは一言一句に注意を払って会話を交わしていた。
「あ、そうだわ、忘れ物! ちょっと寄り道していいかしら」
「いいよ、どこ? 戻る?」
「帰り道の途中だからいいのよ。私のお友達がいるお店でね」
「へぇ、本当」
他愛ない会話をまた交わしながら、
今度はオレが母さんの導く方へとついていく…見覚えのある風景、
歩き慣れた道…いろいろな意味で…
母さん、ちょっと、まさか?
「ここなの」
母さんが示したのは、母の日の暮れを迎え忙しさのピークが
続いているらしい花屋の店先。
「……誰が友達だって?」
「あら、だって私本当に仲良しなのよ?
去年遊びにいらしたあと、お買い物の途中で偶然お会いしてね、
それからうちのお花はここでいただくようにしているんだもの」
実は携帯電話の番号もメールアドレスも知ってるのと
母さんは白状した…嘘でしょ? いくらなんでも。
じゃあなにか、オレの知らないところで、
母親と彼女とが電話をしたりメールをしたりしていたわけ?
…いったい何の話題で?
そこに思い至って背筋に悪寒が走る。
うわ。母さんのこの目は嘘は言っていない。
「あ! いらっしゃーい!」
帰宅の客を見送って外に出てきた彼女がオレたちを見つけた。
「志保利さん、御無沙汰してます」
「あらあらこちらこそ。お忙しいのにごめんなさいね」
お互いにぺこぺこと頭を下げあうふたりを見ていて、
オレは立ちつくすより他にない。
彼女はやっとオレに気付いたようにこっちを見て口を開いた。
「…秀一、なにぼーっとしてるの? 今年はお花買わないの?」
「え、ああ…」
この日オレと母さんが彼女のバイト先の花屋に顔を出すというのは
定められたシナリオだったに違いない。
彼女は驚いていないし、
悪戯っぽい視線を交わす女性ふたりを見れば一目瞭然だ。
携帯電話の番号もアドレスも共有する友達なんだから。
つまり、サプライズを用意されていたのはオレのほうというわけ…
見事にはめられてしまった。
……あまり悔しくはないが。
「ほらほら、お花選んで! つぼみばっかりになっちゃうよ」
客は訪れ開いている花を選んでいくので、
閉店間際にはつぼみばかりが店先に並んでしまうのだそうだ。
よく見れば定番の赤いカーネーションは明らかに量が減っているし、
確かにつぼみ率が高い気がする。
店のスタッフたちはもうオレの顔をすっかり覚えていて…
それとは別に母さんの顔も覚えていたらしく…
にやにやしながらこちらを見ている。
薄くやわらかいピンク色の花を選ぶと、
彼女がはりきって花束を作り始める。
去年は苦手がっていたらしいが、あのあと相当練習したらしい。
それもこの日のためだとか言っていたような覚えがある。
あとで払うからと彼女は上役らしいスタッフに断りを入れ、
頼んでいないカーネーションを何本か花束に混ぜた。
「志保利さん、これは私からね」
「あら、いいの? 去年もくださったわね、ありがとう」
「いいえ、だって今日は子どもたちがありがとうを言う日ですよ」
ね、と視線で問いかけられ、オレはしぶしぶ頷いた。
いや、もちろんわかっている、母の日の持つ意味も知っているし
感謝の気持ちも嘘じゃない、もちろんもちろん。
でもこの状況はなんだ?
母さんも彼女も楽しそうだがオレひとりなんだか居たたまれない。
盛大にリボンをかけ終えて、
一仕事終えた彼女はレジのカウンタを回って出てくると、
母さんに花束を贈呈した。
「はい、おかあさま、いつもありがとうございます」
「あらあら、いいえ、どういたしまして」
ああ、待ってくれ…オレにどうしろと言うんだ、これ。
止めどない冷や汗を背に感じて立ちつくしていると、
彼女はオレに明確な指示を与えてくれた。
「はい、秀ちゃんは、お勘定」
「……はい」
レジの前で代金を払いながら、オレはつくづく思った。
オレを押さえ込める女性は
魔界霊界人間界広しといえどこのふたりだけだ。
そしてこのふたりがタッグを組んだらかなわない。
従順になっておくのがいちばんいいらしいと悟った。
「お母さんを大事にね、秀一」
「君もね。たまには実家に帰ったら?」
「あら、一人暮らしなの?」
母さんは今知ったようにそう聞いた。
彼女が頷くと、じゃあ今日は久々にうちにいらっしゃいと誘う。
「お夕食を御一緒しましょ? 腕を振るうわ」
「あ、母さん、今日はカレー…」
言いかけてはっとした、
しかしさすがのオレも母さんの耳を誤魔化すことは出来ず。
その夜オレは、母さんと彼女に挟まれて帰路につくハメになり、
帰宅してのち義父と義弟に恨み言を言われることになる…
* * *
書いてるうちに日付が変わっちゃいましたが母の日ぷちです。
去年のぷちとつながっています。
都合よくヒロインを一人暮らしにしてしまう怠惰…
また日記も書きに来ます。
「14? …日曜?」
それが世間で言う“母の日”であることは事前に心得済みだった。
普段表立って言うことのない感謝の言葉を口にする日。
行事というかたちで世界中がお膳立てしてくれないと、
人間なかなか素直になれないらしい。
ま、普段言わないからこそ思い入れもある一日になるだろう。
あなたのための日だからと、そこは口に出しては言わないが、
空いているよとオレは答えた。
「そう? じゃあ、久しぶりにお出かけしましょう? ふたりで」
「ふたりで?」
「嫌? そろそろ親について歩く年頃でもないのかしら…」
「や、そういうことじゃないけど。珍しいね?」
義父さんと義弟が一緒に暮らすようになり、今は家族四人。
血の繋がりもない人同士が家族としてひとつ屋根の下で暮らせるか、
母さんは実はそれをひどく気にかけていて、家族四人一緒になにかを…
ということを大事にしていたのだ。
それが、義父さんと義弟抜きとは不意打ちだ。
「いいよ、たまには付き合うよ。久しぶりだね」
「そうね。楽しみだわ、秀一とデートなんて」
「母の日だからね、なにかお楽しみを用意しなくちゃいけないな」
「あら、そういうつもりで言ったんじゃないのよ。でも」
わかりやすくうきうきとした様子で、
母さんはカレンダーの第二日曜日にマルをつけた。
母さんが最後にでも、の続きを意味ありげに途切れさせたことが、
なんとなくオレの内心に引っかかりを残した。
14日、朝に強めの雨が降って外出はお流れかもしれないと思ったのが、
少し待つと嘘のようにからりと晴れて遠慮のない日差しが
濡れた道路をあっという間に乾かした。
外出の前に義弟がオレの部屋へこっそり忍び込んできて、
秀兄、夜の七時くらいまで時間稼いで、夕飯食わないで帰ってきてよ、
オレと父さんでカレーを作るから、と計画をうち明けてくれた。
父親の再婚で久しぶりに母の日ができるのが彼にとっては
嬉しいことだったらしい。
去年に引き続いて計画を練って、母さんをもてなしてくれるようだ。
わかった、うまくやるよと約束をして、オレと母さんとは家を出た。
どこか行きたいところがあるのと聞いたら、別にないのよと言われた。
ただふたりでのんびりしてみたかったのだろうか?
晴れた日曜日、さすがに街は混んでいた。
親子連れ、恋人同士、友人の集まり、いろいろ。
人で賑わう中に知った顔はなく、誰が見ているはずもないのに
母親と並んで歩く自分に視線が集まっているような錯覚を覚える。
ああ、これが、この年頃の照れというやつ…
他人事のようにそう考える。
頭の中じゃあ抵抗感はないのだけれど。
中身が妖怪として独立した思考や人格をかつて持っていたとしても、
この身体はやっぱり隣を歩く母親からもらったもので、
彼女の息子として反応する部分が新しく自分にあるのだろうと思った。
確かに、それはそれで悪くない。
新しい自分の発見だ。
人間も妖怪も、同じばかりじゃつまらない。
まるで恋人同士のように…と思ったのは、彼女とデートをするとき
のように母さんを連れ回してしまったせいだろうか。
カフェで話をしたり、あちこちを見て回ったり、
本屋でついつい時間を食って早く行きましょと袖を引っぱられたり、
日常のような非日常のような奇妙な感覚が交錯した数時間。
話す内容に家と外とで違いなどないような気がするが、
それでも新鮮な気持ちがするしお互いに驚くほど舌が回る。
それでいて話題の種が尽きない。不思議だ。
ほとんどそうやって時間ばかり過ぎていって、
特に買い物をしたりするようなこともなく、
義弟との約束の時間にちょうど良い暮れを迎えた。
適当に理由をつけて帰宅の方向へ意識を促していく。
義父と義弟は企みを内緒にしたいのだろうから、
家にサプライズがあるらしいことを母さんに悟らせてはいけない。
余計なことを喋りすぎないように、家のほうへ向かいつつ
オレは一言一句に注意を払って会話を交わしていた。
「あ、そうだわ、忘れ物! ちょっと寄り道していいかしら」
「いいよ、どこ? 戻る?」
「帰り道の途中だからいいのよ。私のお友達がいるお店でね」
「へぇ、本当」
他愛ない会話をまた交わしながら、
今度はオレが母さんの導く方へとついていく…見覚えのある風景、
歩き慣れた道…いろいろな意味で…
母さん、ちょっと、まさか?
「ここなの」
母さんが示したのは、母の日の暮れを迎え忙しさのピークが
続いているらしい花屋の店先。
「……誰が友達だって?」
「あら、だって私本当に仲良しなのよ?
去年遊びにいらしたあと、お買い物の途中で偶然お会いしてね、
それからうちのお花はここでいただくようにしているんだもの」
実は携帯電話の番号もメールアドレスも知ってるのと
母さんは白状した…嘘でしょ? いくらなんでも。
じゃあなにか、オレの知らないところで、
母親と彼女とが電話をしたりメールをしたりしていたわけ?
…いったい何の話題で?
そこに思い至って背筋に悪寒が走る。
うわ。母さんのこの目は嘘は言っていない。
「あ! いらっしゃーい!」
帰宅の客を見送って外に出てきた彼女がオレたちを見つけた。
「志保利さん、御無沙汰してます」
「あらあらこちらこそ。お忙しいのにごめんなさいね」
お互いにぺこぺこと頭を下げあうふたりを見ていて、
オレは立ちつくすより他にない。
彼女はやっとオレに気付いたようにこっちを見て口を開いた。
「…秀一、なにぼーっとしてるの? 今年はお花買わないの?」
「え、ああ…」
この日オレと母さんが彼女のバイト先の花屋に顔を出すというのは
定められたシナリオだったに違いない。
彼女は驚いていないし、
悪戯っぽい視線を交わす女性ふたりを見れば一目瞭然だ。
携帯電話の番号もアドレスも共有する友達なんだから。
つまり、サプライズを用意されていたのはオレのほうというわけ…
見事にはめられてしまった。
……あまり悔しくはないが。
「ほらほら、お花選んで! つぼみばっかりになっちゃうよ」
客は訪れ開いている花を選んでいくので、
閉店間際にはつぼみばかりが店先に並んでしまうのだそうだ。
よく見れば定番の赤いカーネーションは明らかに量が減っているし、
確かにつぼみ率が高い気がする。
店のスタッフたちはもうオレの顔をすっかり覚えていて…
それとは別に母さんの顔も覚えていたらしく…
にやにやしながらこちらを見ている。
薄くやわらかいピンク色の花を選ぶと、
彼女がはりきって花束を作り始める。
去年は苦手がっていたらしいが、あのあと相当練習したらしい。
それもこの日のためだとか言っていたような覚えがある。
あとで払うからと彼女は上役らしいスタッフに断りを入れ、
頼んでいないカーネーションを何本か花束に混ぜた。
「志保利さん、これは私からね」
「あら、いいの? 去年もくださったわね、ありがとう」
「いいえ、だって今日は子どもたちがありがとうを言う日ですよ」
ね、と視線で問いかけられ、オレはしぶしぶ頷いた。
いや、もちろんわかっている、母の日の持つ意味も知っているし
感謝の気持ちも嘘じゃない、もちろんもちろん。
でもこの状況はなんだ?
母さんも彼女も楽しそうだがオレひとりなんだか居たたまれない。
盛大にリボンをかけ終えて、
一仕事終えた彼女はレジのカウンタを回って出てくると、
母さんに花束を贈呈した。
「はい、おかあさま、いつもありがとうございます」
「あらあら、いいえ、どういたしまして」
ああ、待ってくれ…オレにどうしろと言うんだ、これ。
止めどない冷や汗を背に感じて立ちつくしていると、
彼女はオレに明確な指示を与えてくれた。
「はい、秀ちゃんは、お勘定」
「……はい」
レジの前で代金を払いながら、オレはつくづく思った。
オレを押さえ込める女性は
魔界霊界人間界広しといえどこのふたりだけだ。
そしてこのふたりがタッグを組んだらかなわない。
従順になっておくのがいちばんいいらしいと悟った。
「お母さんを大事にね、秀一」
「君もね。たまには実家に帰ったら?」
「あら、一人暮らしなの?」
母さんは今知ったようにそう聞いた。
彼女が頷くと、じゃあ今日は久々にうちにいらっしゃいと誘う。
「お夕食を御一緒しましょ? 腕を振るうわ」
「あ、母さん、今日はカレー…」
言いかけてはっとした、
しかしさすがのオレも母さんの耳を誤魔化すことは出来ず。
その夜オレは、母さんと彼女に挟まれて帰路につくハメになり、
帰宅してのち義父と義弟に恨み言を言われることになる…
* * *
書いてるうちに日付が変わっちゃいましたが母の日ぷちです。
去年のぷちとつながっています。
都合よくヒロインを一人暮らしにしてしまう怠惰…
また日記も書きに来ます。
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